依存が苦しかった。まずSNSに依存している。投稿が最近多い。LIKEがつかないと腹が立つような気分、イライラしてくる。それも早くつかないとイライラしてくる。時間をおいてみて、またLIKEがついてないと、自分はそんなに嫌われているのかと不安にさえなる。あるいは、こっちからお前たちなんて願い下げだ!という意識も湧いてきたり。前はそんなことなかったのに、今日はそうなっていた。
やっぱり彼とのコミュニケーションのすれ違いでイラついたから、そのイライラがあらゆるところに反映されているのだろう。
今日は夜仕事があったから、中途半端に午後出かけることもできず、家にいて悶々としていた。
でも少し楽器を弾いたのは進歩だったと思う。
でもラインにしても色々な人にメッセージを送り、その返信を待つ。返信が遅いとイライラしてくる。そしてSNSを見る、何も変化はない。
一度離れてしまえば、実はあっさり読書とか料理とか掃除とかに従事できる。
でもその決心が弱いのだ。大人になれ。これは私の合言葉だ。大人になる、これは重要なことだ。大人にならないと、私は生きていけない。何ものも頼ることはできないのだ。
私はもしかしたら結婚するなんてことも奇跡的にあるのかもしれないが、もうこの年齢で、結婚なんてありえないだろう。
だから一人。
それに結婚したから幸せになれるとは限らない。私は自己流で生きてきた。昔の彼氏と同棲したときは、周りにいるだけでイライラした。彼のやり方と私のやり方の違い、彼のだらしなさ、浪費さにイライラした。
そういうのがない一人暮らしは気ままだ。
でも依存体質が抜けない。私は独立志向が高い人間だった。昔は。
でもディが現れてからというもの、私は依存性パーソナリティの診断基準を満たすようになってしまった。
これはショックだった。自分はそれを合併しないと思っていた。私は学生のころから一人で専門知識を持った仕事をやることを目標にしていた。
実際、経済的には苦境ということになったが、Aがあまりに優しく親身で私を心から気にかけてくれて家族のように愛してくれるようになったので、つい彼に甘えてしまうのだ。
今日はメッセージがあった。
「またあの男のことを考えているのか?あんな男は悩むに値しないやつだよ。そんな言い方(ファックして帰れ)売春婦にさえそんな言い方をしない。そんな男のことで自分が奪われてるなんて・・。
あきらめないで。希望をもって。強くなって」
心からの言葉だっただろう。
でも彼こそが数年前私を離人症発生になるほどのひどい状況を生み出した張本人だったのだ。彼は優しすぎた。そして、私の嫉妬には共感ゼロ。
昔の怒りが湧き、そこに甘えが追加された。
「私が弱いっての?私は弱くない。あなたこそ、女の苦しみへの共感がないから、そう言えるんでしょう。あんたこそ私を苦しめたでしょ。それに比べたらあの男から受ける苦しみはどうってことない」
と返信した。
彼は困ってるだろう。・・・こんなやり取りはお決まりのやり取りだ。
そうしてAへの依存から抜けられない。このメッセージだけで支えあう夫婦のような関係はいつまで続くのだろう。
いつか終わりにしたい。そうじゃないといつまでたっても私はパートナーにめぐりあえない。
いや、それともAがパートナーなのか?いやいや彼には内縁の妻がいるのだから・・
いざと言うとき彼は絶対に来てくれないだろう。それはわかりきったことだ。
人にはできることとできないことがある。それはわかっている。求めてはいけないのだ。
人のできることに感謝しよう。それでも私はずいぶん恵まれてるのだ。